存在証明

とは名ばかりの趣味のさくぶん。

"好き"の反対は"無関心"

決して"嫌い"ではなく、"嫌い"に置かれている段階ではまだ"好き"と言う感情が紙一重で存在しているものなんだと22歳直前にしてようやく気付く。

 

現状は間違いなく"好き"という感情を誤魔化す為に"嫌い"になろうとしている段階。

まだまだ"好き"と言う感情を抱いていた時が抜け切っていない。

 

目も合わせない

顔も合わせない

会話はしない

最低限の挨拶しかしない

その挨拶も以前のように堅い敬語

今まで厚意で行っていた仕事やその延長線上も全く行わない

 

その結果、彼女の方から突き放す形にもなりつつあり、挨拶すらもしなくなってきた。

むしろそれのほうがありがたいと感じつつあり、仕事自体には何の支障もないのでこのまんま"嫌い"と言う感情を抱いていると誤魔化し続けていずれは"無関心"に至れば良いのではないかと考えつつある。

 

本当にこの数ヶ月は楽しかったし、悩んだし、色々経験させて貰った。

その点ではとても感謝してるし、最終的に辛い形で終わりこのまんま縁が切れるのだろうけどもそれが自分の中では正解に近いと思う。

 

 

無事に憧れのデザイン会社でのインターンが決まり、これからは週3回の渋谷勤務と週2回の大学の2重生活が始まる。

アルバイトもオーナーとの相談の結果、週末のみ続ける形で落ち着いた。

以前のようにほぼ固定シフトの形ではなく、ラフな固定シフト。

曜日は決まってるものの自身の都合で休みは自由に取っていいとのこと。

金土の夜は基本アルバイトに繰り出すことになり、彼女も金土は基本出勤なので顔を合わせることになっているが週末はどのみち忙しくて余裕が無いので返って正解かもしれない。

 

こうして俺は少しずつ前に向けているんだろうか。

人生で一番好きであった先輩も未だに"無関心"とは言えない俺のメンタルでは、いっそこのまんま全て断ち切りたい。

 

実のところ連絡手段は完全に断ち切っているのだがね。