存在証明

とは名ばかりの趣味のさくぶん。

Why?に立ち返ってみた

本日よりコピーライター養成講座がスタートした。

コピーライターを本格的に目指す目指さないは別として、言語化の大切さをとても強く実感した経験を活かして"言葉"に死ぬほどこだわる約半年にしたい。

 

さて、改めて就職活動真っ最中の私は迷走し続けている。

「そもそも何がしたいんだっけ」に立ち返ることが多すぎる。

自身の浅はかさに頭を悩まされる日々だ。

事の発端は前職の先輩からの一言である。

 

「で、君はなんでプランナーになりたいの?」

「それがなんでうちの会社なの?」

 

私自身、この質問に対して一言で返すことができなかった。

 

「企画することが大好きで、新しい体験を生み出したいし既存の概念を変えたりすることもやってみたいしとにかくぐるぐると変わり続ける日々が〜」

「やっぱり業界では老舗の制作会社だし大きな仕事も来たりしてて新卒でもチャンスいっぱいもらえるから成長してキャリア積んで〜」

 

私の答えは凄く遠回しなのだ。

本質が何か全然伝わらない。と言うか自分でも本質を見抜けてない。

改めて2つの質問にまとめて答えてみよう。

 

"デジタル""デザイン"を掛け合わせてより楽しい選択肢を増やしたい。」

 

結局私の本質はこういうことなのだろう。

うん、とてもしっくりくる。

選択肢を増やしたいっていうのがとても良い。

別に私はインフラを生み出したいわけじゃないんだ。

 

幸か不幸か、私は男としてこの世に生を受けた。

現代社会では女性の社会進出なんてものが騒がれているが、まだまだ男性が定年まで(多分我々の時代には70歳位まで)働き続ける事が一般的である。

私は今後、50年近く働き続ける必要があるのだ。

だったら楽しい仕事がいい。好きな仕事がいい。お金になる仕事が良い。

その為のファーストキャリアと言うのはとても大切だ。

容易に決められない。

容易に決めちゃ駄目だ。

 

こんなことを書いてると、しばしば"意識が高い"と煽られる。

果たして"意識が高い"事は煽られることなのだろうか?

世間で活躍している人たちを是非見て欲しい。

彼らは学歴に甘えること無く、所謂"意識が高い"行動を学生のうちから起こしている。

学歴があっても、何もしていない人は結局何にもなれていない。

 

そういうことなんだろうな。

逆にこんだけ行動してて駄目だったら、諦めがつく。

と言い聞かせて、就活が終わるであろう6~7月まで駆け抜けたい。